平成21年4月28日付、国の登録有形文化財(建築物)として登録されました。
熊本県内の宿泊施設では、初めての受賞となります。
本館 1棟(登録番号 43−0105)
大広間 1棟(登録番号 43−0106)
正門及び塀 1棟(登録番号 43−0107)
熊本景観賞「地域景観賞」
平成21年3月24日 くまもと景観賞 地域景観賞を受賞しました。
刻(なつかし)、憩(やすらぎ)、季(うつろい)、湯(なごみ)、空(くつろぎ)をテーマに「あるものを大切に使い、磨きをかけながら、建物を活かしていく」それが金波楼の考え方です。
古(いにしえ)の趣を大切に、文化財としての宿泊施設を守りながら、いつの世にも通じるおもてなしができるよう、進化を続けています。

1909年(明治42年) 7月7日 九州日日新聞に「九州一の温泉宿」として紹介されています。
九州一の温泉宿
浴場だけで五千円の工事
葦北郡日奈久町の素封家松本諦三郎氏が、同地繁栄の一策として、約二万円を投じ、(明治)四〇年六月より起工したる九州無比の大旅館は、ほぼ落成して、本年八月より営業開始のはずなるが、敷地百坪の三層楼にて十二畳半と八畳敷の客室十八間と、玉突き場を置き、部屋は隣室の喧噪が聞こえざるよう、風通しと光線眺望の許す限り塗壁とし、廊下を思い切って広くしたれば、屋内の運動に便利よく、梯子を六尺幅として、足場九寸、勾配五寸七分とせり。
用材はおもに人吉より取り、欄干と廊下は桜を。その他、栂樫等良材を用い、襖、障子は熊本に、大工は同地の牧喜太郎氏棟梁にて、左官は大阪大森組の推薦にかかり、襖にはすべて鳥の子を用いる。
サンゴ屏風の絵も珊瑚白金等にて極彩色を施せるなどにて床の掛物またこれに応じて探幽華山筆等同家秘蔵の逸品なる由、寝台椅子のごとき遠く上海に注文し、庭園の石灯籠は徳山より、その他の石材は三角より取り寄せ、椋、椎、松、桜など十五、六尺の巨木をわざわざ庭園に移植したるごとき、いかに費用を惜しまざるかを知るべし。
また同旅館の特色は浴場と屋上庭園にて、浴場の広さ、五十坪、高さ一丈三尺。浴槽は普通の男湯女湯の他、夫婦入り二ヶ所、都合四ヶ所に分かち、浴場だけにて五千円を要したりと。
浴室の屋上五十坪は庭園とし、泉水築山花園藤棚、茶室噴水等を設け、浴後の逍遥、休憩場にあて、日奈久は蔬菜の不自由なるより、野菜畑を作りて不時の需要に応ずることとし、宿料のごときも、従来の木賃制度に幾分改良を加えたる経済方法にて料理人給仕女等も大阪、熊本の大旅館に交渉して、その粋を抜くはずなるが、とにかく営利を主眼とせず、旅客の満足を計るが目的なれば、すべての方法設備が理想に近く、以て、日奈久の誇りとするに足るべき大旅館なり。